中東の資源国家カタールは、2017年にサウジアラビアやUAEをはじめとする近隣諸国から国交を断絶され、地域的に孤立した。
このいわゆる「湾岸危機」は、アラブ世界の均衡を大きく揺るがす外交事件となったが、そんな中でも一貫して関係を維持し続けたのが日本である。
なぜ日本はカタールと距離を取らなかったのか。
ここでは、国交樹立から現在に至るまでの日本とカタールの外交関係をたどりながら、その裏にある戦略と信頼の構造に迫っていく。

エネルギーを軸に始まった関係──国交樹立からの歩み
日本とカタールの外交関係が正式に樹立されたのは1972年。
前年にイギリスから独立したばかりのカタールにとって、日本は戦後急速な経済成長を遂げていた重要な輸出先であり、日本にとっても石油・天然ガス資源を安定的に確保するという明確な戦略的意義があった。
1997年にはカタールから日本へのLNG(液化天然ガス)輸出が本格化。
以後、日本はカタール産LNGの最大級の輸入国となり、エネルギー分野において最重要パートナーのひとつとなった。
技術提供やインフラ整備の分野でも連携が進み、単なる買い手と売り手以上の関係が築かれていく。
2017年の外交断絶──湾岸危機で揺れた中東
2017年6月、突如として起きた湾岸諸国によるカタール断交事件。
サウジアラビア、UAE、バーレーン、エジプトの4カ国が、カタールがテロ組織を支援していると非難し、外交関係を断絶。
陸海空を封鎖するという前代未聞の措置が取られ、カタールは一気に孤立を深めることとなった。
中東の多くの国々がこの包囲網に同調するなか、日本はどの国側にもつかず、中立を保ちつつもカタールとの外交・経済関係を断ち切ることはなかった。
この姿勢は、表立っては語られないながらも、カタールから極めて高く評価された外交的選択だった。
日本の“静かな支援”がもたらした信頼
断交のさなかにおいても、日本企業はLNGの輸入を継続し、日本政府はカタールとの経済・人的交流を維持した。
特にJERAや三井物産など、日本のエネルギー・インフラ関連企業は、長期契約の履行と信頼維持に尽力した。
加えて、日本の外務省は現地の在留邦人への情報提供を丁寧に行い、カタール政府との対話を重ねてきた。
その結果、日本は「政治に左右されない安定したパートナー」としての地位をカタール国内において確立していった。
このように、目立たないが堅実な外交姿勢が、危機の中で逆に信頼を深める結果をもたらしたことは、他国と明確に異なる日本のポジショニングを印象づけるものだった。
和解後の深化──日本とカタールの関係はいまどうなっているか
2021年1月、サウジアラビア主導によってカタールとの和解が成立し、封鎖は解除された。
これを受けてカタールは再び外交の舞台へと返り咲いたが、日本との関係はむしろここから一層深化していくことになる。
- 日本は2023年にカタール国民に対するビザ免除措置を導入。
- 2024年には、新たなLNG供給契約の長期化交渉**が進展。
- カタールでは「Japan Week」などの文化イベントが開催され、日本文化への関心も高まっている。
- 教育・研究分野では、カタール財団と日本の大学・研究機関の連携が進み、高等教育の分野でも人的交流が活発になっている。
外交的な信頼だけでなく、文化・技術・教育といった多層的な関係性が、両国の間に確固たる“実利と感情のバランス”を育てているのである。
結論──エネルギー以上の絆を築いた理由
日本とカタールの関係は、単なる資源取引の枠を超えた“危機の中で育まれた信頼”に裏打ちされている。
とくに2017年の湾岸危機は、日本の外交が目立たずとも極めて戦略的であることを示す一例だった。
今後、カタールは中東地域における独自の立場とバランス感覚を武器に、より多様なパートナーシップを模索していくだろう。
そのなかで、日本が最も静かに、しかし着実に「信頼できる国」として寄り添い続けてきた事実は、どの国よりも大きな意味を持っている。