南米大陸の南端を占めるアルゼンチンは、その広大な国土と多様な地形によって、五つの国と国境を接している。
西にチリ、北にボリビアとパラグアイ、北東にブラジル、東にウルグアイ──いずれも歴史的、経済的、文化的に深い関係を有しており、その対外関係のあり方は、アルゼンチンの外交政策を形作る重要な要素となってきた。
以下に、それぞれの隣国との関係性について掘り下げていく。
アルゼンチンと周辺国の関係──アンデスとラプラタの地政学。チリ・ブラジル・パラグアイとの協力と対立で読み解く国際関係。

チリ──アンデス山脈を越える兄弟国家との協調と摩擦
アルゼンチンとチリは、南北に走るアンデス山脈によって隔てられた隣国であり、その地政学的関係は古くから緊張と協力の間を行き来してきた。
19世紀末、両国はパタゴニア南部の領有権を巡って幾度も対立し、一触即発の状況が続いた。
特に「ビーグル水道領有権問題」では、1978年に開戦直前にまで至ったが、ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の仲介により平和的解決が図られた。
これにより「ビーグル条約」が締結され、両国の関係は大きく改善された。
以降、両国は経済・エネルギー協力や観光振興、文化交流などで着実に関係を強化してきた。
アンデス山脈を越えて結ばれるいくつかの国際道路や鉄道再建計画は、貿易ルートの短縮や観光促進において重要な役割を果たしている。
また、南米共通市場メルコスールと太平洋同盟を繋ぐ「経済ブリッジ」として、両国が連携する動きも注目されている。
ボリビア──労働移民とエネルギー資源を通じた結びつき
アルゼンチンとボリビアの関係は、経済的不均衡と地理的隣接性から、主に「労働力の移動」と「エネルギー供給」の文脈で語られてきた。
ボリビアはアルゼンチンにとって主要な天然ガス供給国であり、特に冬季のピーク時にはパイプラインを通じて大量のガスが供給されている。
この依存関係は、アルゼンチンのエネルギー政策に大きな影響を及ぼしている。
一方、ボリビアからは大量の移民がアルゼンチンに流入しており、都市部を中心に建設業や農業、家事労働などに従事している。
ボリビア系移民の存在は、労働力として経済に貢献する一方で、社会的摩擦や差別問題を引き起こす要因にもなっている。
近年では、両国政府が移民の権利保障や合法化に向けた協議を重ね、労働ビザの緩和措置などが進められている。
パラグアイ──水力発電と密輸のジレンマ
アルゼンチンとパラグアイは、イタイプーダムやヤシレタダムといった大規模水力発電所の共同運営を通じて、エネルギー面での結びつきが強い。
特にヤシレタダムは両国の共同出資によって建設されたものであり、アルゼンチンにとって重要な電力供給源となっている。
しかし、その一方で、パラグアイ国境地帯は長らく密輸や非正規労働の温床ともなってきた。
特にたばこや電子機器、農薬などの密輸は社会問題化しており、治安の悪化や国家財政の圧迫につながっている。
両国は取り締まりの強化と通関制度の近代化を進めているが、非公式経済が根強く残っていることから、完全な解決には至っていない。
また、パラグアイにも多数のパラグアイ系移民がアルゼンチン国内に存在しており、彼らは都市の労働市場において欠かせない存在となっている。
社会的統合に向けた取り組みも徐々に進んでおり、多文化共生のモデルケースとして注目される動きもある。
ブラジル──競合と連携が交錯する南米の盟友
アルゼンチンとブラジルの関係は、南米における二大経済国としてのライバル関係に常に晒されながらも、経済・外交・軍事の各分野での戦略的協力によって強化されてきた。
かつてはイタイプーダムの建設を巡る対立などがあったが、1990年代以降は経済統合を進める動きが主流となり、1991年にはメルコスール(南米南部共同市場)を両国中心に創設。
以後、域内貿易の自由化や共通関税政策の整備において協調を続けている。
両国は自動車産業や食品加工、エネルギー分野などでの分業体制を築いており、たとえばアルゼンチンで製造された自動車部品がブラジルの工場で組み立てられ、そのまま域外へと輸出されるといった形態も一般的だ。
一方で、為替政策や輸入制限措置をめぐる摩擦もあり、経済関係は必ずしも順風満帆ではない。
また、近年の地政学的対立としては、国連や南米地域機構(UNASUR)における外交スタンスの違いが顕著になっており、特に国際人権問題やベネズエラ情勢を巡って両国の意見が対立する場面も見られる。
それでもなお、両国は地域秩序の安定化において互いを必要とする存在であり、長期的には協調関係を維持していくと見られている。
ウルグアイ──「兄弟国」としての文化的親密性と経済摩擦
アルゼンチンとウルグアイの関係は、言語、文化、民族的背景において非常に近いものがある。
両国の首都であるブエノスアイレスとモンテビデオは、ラプラタ川を挟んで向かい合う都市であり、その歴史的な交流は深い。
タンゴやマテ茶といった文化的要素は両国に共通しており、人的往来も非常に活発である。
しかしながら、経済関係においては緊張を孕む場面も少なくない。
特に2000年代初頭、ウルグアイ国内に建設されたパルプ工場が環境汚染の懸念を引き起こし、アルゼンチン国内で抗議運動が発生した。
この問題は両国関係を冷却させる結果となったが、最終的には国際司法裁判所(ICJ)の判断によって一応の決着を見た。
その後は関係改善が進み、観光や小規模貿易を中心に交流は継続している。
現在ではフェリーや高速船で両都市を数時間で移動できるインフラが整備されており、経済圏の一体化がさらに加速している。
アルゼンチンの周辺国との関係は、単なる隣国という枠を超え、エネルギー、水資源、移民、貿易、歴史認識、環境問題といった多岐にわたるテーマが複雑に絡み合っている。
南米の中で独自の存在感を持つアルゼンチンは、これらの国々との関係性を巧みにマネジメントすることによって、地域における安定と発展を目指している。
歴史の積み重ねと未来への展望。
その狭間で、アルゼンチンの外交は今も揺れながら、しかし確かに前へと進んでいる。
アルゼンチン観光・文化・歴史の魅力を深掘り|タンゴと牛肉と銀の国。自然・制度・文化・歴史、日本との関係まで